移植2回目
ERA・EMMA検査を終えて先生に言われた通り、生理が来てから2日目に受診しました。
翌日からホルモン補充での移植に向けてジュリナ錠、エストラーナテープを処方されました。
ジュリナ錠は朝晩の2回内服、エストラーナテープは48時間ごとに張り替えです。
もともとアトピーぎみの上、気温も上がってきたのでそれはそれは肌荒れしました・・・。説明書に肌荒れした場合は軟膏を塗ってください、とは書いてあるけどなかなか良くならず。何もしないよりはいいはずと根気よくワセリンを塗り続けています。
次回は8日後に診察。
子宮内膜がどのくらい厚くなっているかの確認のため受診。まだもう少しだね、とお言葉をいただき、さらに7日後の受診を指定されました。
次の診察時には子宮内膜はぎりぎり8㎜超えで合格だね、と言われ一安心。
翌日には採血(P4かな?)をされて決戦日は6/4に決まりました!
移植に向けてルテウム膣座薬の開始です。
ルテウムの使用を始めると2日後くらいから高体温になります。
ホルモン補充しているので体温が上がるのは当たり前なのですが毎日の検温で高体温だとどこか安心していました*
ついに当日。
その日は夜勤明けだったので朝9時に仕事が終わりその足でクリニックへ直行。
11時には到着。移植の1時間前から尿を貯めておくよう言われていたので仕事終わりにトイレに行ってから貯めていました。
「トイレに行かないでね」と言われるとトイレに行きたくなるのはどうしてでしょう。
移植前には膀胱が破裂しそうなほどになってました・・・
尿意を我慢しつつ、移植が始まったのは11時半ごろ。
滞りなく移植が終了し、最後にはまた卵ちゃんが映ったエコー写真をもらいました。
何となく今回の卵ちゃんは子宮の奥に移植されている気がする。
トイレを我慢した結果かな?
※調べてみるとお腹からの超音波が膀胱を介して子宮を映し出すため、膀胱内が超音波の伝わりやすい水分で満たされている方が子宮の様子がより見えやすくなるそうです。
もちろん移植後1分以内にトイレへ。
移植してすぐにトイレに行っても着床に影響はないそうです*
今回も幸せな気持ちになりながら帰宅。
前回の移植の時は直後からソワソワ落ち着かなくなりましたが今回は気持ちが落ち着いている感じ。
電車で帰り途中に移植後の「ジンクス」なるものを発見!
落ち着いているとは言え、それは試してみることにしました*
①パイナップルを食べる
②移植後にマックのポテトを食べる
③ワタリガニのパスタを食べる
④ホットミルクを飲む
⑤「トツキトオカ」のアプリをダウンロードする
ネットで調べた結果、これが有効だそうで。
①、②、⑤はやりました!
④はただ単にやり忘れ・・・
③はワタリガニを食べられるパスタ屋さんが近くに無かったので成城石井でズワイガニのパスタソースを買って自宅で食べました(笑)
ワタリガニもズワイガニも違いがわからないのでセーフ(?)ということで!
判定日は6/13です!とても楽しみ。
ジンクスもやったしきっと大丈夫、と信じて。
次回は判定日のお話*
ERA・EMMA検査のお話
今回はERA・EMMA検査のお話です。
前回、初めての移植をしてまっっっさらな陰性を確認。
卵ちゃんのグレードも良かったので他に問題がないかを検査してみようということで先生から勧められたのがこの検査。
私、不妊治療しているのに全然そういうことを調べもせず。
(よくわかないけど先生が勧めるんだからきっとやった方がいいんだろう)
くらいなテンションでやることにしました。
あとでちゃんと調べてみると
*ERA:着床の窓(つまり子宮内膜に受精卵が着床できる時期)には個人差があり、
その時期を調べて適切な時期に移植できるようにする検査
EMMA:子宮内の細菌の割合を調べ、ラクトパチルス(乳酸桿菌)が90%以上あるか
どうかを調べる検査。
※90%以上存在すると妊娠率が高くなると考えられている
だそうで。
もう一つ、ALICE検査というのもあるらしいのですが、これについてはしなくて良いと言われました。多分、タイミング療法をしていた時に子宮鏡検査をして子宮は特に問題ないねー、と言われていたからかな?まぁ、これについては完全な自己判断ですが私から先生に聞いたりもしなかったのでこの2つの検査で決定。
やり方は移植周期に使った薬をまったく同じように使い、移植と同じタイミングで検査をする方法でした。
今まで子宮鏡検査だの卵管造影検査だのをやってきて、今回もきっと痛いのだろうと心の準備をして行ったのですが案の定、めちゃくちゃ痛かったです・・・。
本当に痛い時って声でないんですよね。
採卵周期と同様、二度と、やりたくないですね。はい。
※個人差があるとは思います。私の場合はとても痛かったです。
そんなこんなで検査終了。ERA・EMMA検査は同時にできるらしく一回の検査で終了。結果は3週間後にわかるとのことで5月の上旬に受診するよう言われました。
3週間後の結果は、ERA検査→問題なし(着床の窓はずれていない)EMMA検査→ラクトバチルスが84%。
ERAは問題なかったのですがEMMAのラクトバチルスが少なめだそうです。
84%もあるんだから上々でしょ、と思ってしまいましたが違うようです。
特に大した治療は必要なさそうで、次回の移植周期はラクトバチルスを補いながらやりましょうということで診察終了。
次の生理が来たら移植2周期目の開始です。
次回は移植2周期目のお話*
体外受精1回目のお話
こんばんは!
前回、4個の胚盤胞ができたところまでお話したので
今日は初めての移植のお話。
2023年3月に初めて移植をしました。
移植周期は生理開始後3日目までに受診するように言われ、4日目からジュリナ錠の内服とエストラーナテープ使用開始の指示をされました。
もともとお薬を使用しても弱い排卵をしてしまう体質(?)らしいので排卵させないで移植をする方法でやりましょう、と先生に言われ、よくわからないまま先生のおすすめのホルモン補充でやることにしました。
最初は週に1回通院、その後は子宮内膜が厚くなったているか確認のため数日毎に何度か通院しました。ホルモン補充周期だったので移植の日付は数日ならずらすこともできますよ、と言われ仕事の都合もあったのでとてもありがたかったです。
移植の約6日前に採血をしてホルモン値を確認。
そのあとはルテウム膣座薬を処方され使い始めました。
仕事で坐薬は使用経験がありましたが膣座薬は未経験。
慣れるまではドキドキしっぱなしでした。
(今だに使っていますが溶けたものが流れ出る感覚はいつまでも慣れないですね・・・)
そしてついに2023年3月4日。
午後2時に移植をしました。
移植時にとったエコー写真をもらい、しっかり卵ちゃんが子宮にあることを確認できました。
初めての感覚。
なんだか不思議と幸せな気分になったことを覚えています。
そして判定日は9日後の3月13日と言われました。
先生からも看護師さんからも得にお酒とたばこ以外は普段通りでいいですよ、と言われましたが卵ちゃんが内膜にくっ付きにくいのではないかと不安になりその日はできるだけ安静に過ごしていました。
初めての移植で期待値が高まっていたので翌日からは案の定「検索魔」に。
「胚移植 翌日」「症状なし 陽性」など何回検索したことか(笑)
そして移植後5日目ごろからは陽性判定出た方たちはうっすら検査薬の反応がでるらしいと確認するやいなや早速薬局へダッシュ!
移植5日目からフライング祭りが始まりました。
結果は
5日目→陰性。
6日目→陰性。
7日目→陰性。
もはやまごうことなき陰性です・・・
移植の時点でアシストハッチング(AHA)をしていたので移植当日にはすでに6AAになっていた卵ちゃん。今回は完全に撃沈です。
一通り旦那さんへ八つ当たりを兼ねた報告を行い、そこからは全く期待せず淡々と薬を継続しました。
一応、判定日には必ず診察にきて下さいと言われていたので3月13日には診察に向かいました。
通っているクリニックは採血で判定をするらしく、採血1本取って1時間ほど結果待ち。
もう陰性なのはわかりきっているので苦痛で仕方なかったです。
診察室に入ると先生から
「残念!かすってもいないねー」
ですよねぇ、となりました。
採血結果を見せてもらったら「hCG:1.60mIU/ml」
ネットで検索すると100以上なんて見てたので100分の1かぁ・・・とさらに撃沈。
でもあらかじめ心の準備はしていたのでそこまで落ち込みはなかったです。
今回、とても良い卵ちゃんを移植できたのに全くかすってもいなかったので何か他の原因があるのか検査してみる?と聞かれ、”ERA・EMMA検査”を勧められました。
自費の検査になるとのことで費用は
なんと約18万円!!びっくり価格。
検査には移植周期と同じ薬を使い、結果が出るのに3週間かかるので1周期移植を見送ることになると言われ少し悩みましたが、このままやらないで卵ちゃんを無駄にできない!と思ったので検査することしました。
ちなみに診察室を出た瞬間にトイレに直行。
もちろんその場でエストラーナテープを剝ぎ取りましたとさ。
(ちゃんと先生からOKの指示はありました)
はぁ、我が子に会える日は来るのだろうか。
さてさて次はERA・EMMA検査についてのお話です*
不妊治療開始~体外受精まで
30代の看護師をしています。
不妊治療を始めたのは2020年から。
いつのまにやら治療2年目に突入しました。
いつか我が子に会えることを信じて記録を残すことにしました。
今までの治療経過を記録していこうと思います。
10代の頃から月経困難症があり低用量ピルを服用していました。
旦那さんと結婚したのは2018年。
まだまだ二人の時間を持ちたいと妊活はせずにいました。
結婚3年目、29歳の時に周りが妊娠出産ブーム到来。
「私も赤ちゃん欲しい!」と思うように。旦那さんと相談し2021年からピルを辞め、妊活開始。
でも、何か月も期待してはダメ…また期待しては…と繰り返すうち、
「もしや不妊なのでは・・・?」
と、思うようになりました。
実際そこから不妊治療専門外来へ行くまでに3か月はかかりました。
産婦人科にはもちろんピルをもらいに行くために何度か行ったことはあります。自身も看護師をしているため病院には抵抗がない方だと思っていました。
でも、「不妊専門外来」だけはとってもハードルが高かった・・・
今、どうしてそう思ったかを振り返ると、「自分が不妊症だと診断されるのが怖い」そんな気持ちがあったからだと思います。
幸い、旦那さんは不妊治療に協力的で外来通院に踏み出せたのも「一緒に頑張ろう、大丈夫だよ」の言葉があったからだと思います。
あれよあれよと検査が進み、担当の先生から言われたのは私の「多嚢胞性卵巣」いわゆるPCOSというやつです。
最初はタイミング法で数か月頑張りました。
旦那さんの仕事は出張が多く、年の半分以上はいません。そして私、がっつり正社員で夜勤もしているいたためタイミングを合わせるのはかなり体力的、時間的に難しかったです。
ステップアップを考えたのは6か月以上タイミングをしてからでした。
次の段階は人工授精。先生からは「旦那さん側に問題がある人の適応だからあんまり(タイミング法)と変わらないかも」と言われていました。
でも、その時はまだ不妊治療に保険が効かない時期でした。
何十万もポンと払えるほど余裕がない私たち夫婦はまずは1回でも試してみようと思い、去年1度だけ人工授精を行いました。
結果、陰性。
わかってはいたけど、そう簡単には妊娠できないものだなぁとしみじみ思いました。
事前にあまり確率は上がらないかもと言われていたので諦めは早かったです(笑)
保険が適応になるまでの数か月はまたタイミング法でチャレンジ。
何度もダメで、ついに保険適応になった2022年!
初めての体外受精にチャレンジすることになりました。
自己注射、内服、通院。
仕事をしながらの治療は控えめに言って大変でした。何度「もうやめる!」と旦那さんにあたり散らしたことか。
初めての採卵は11個取れましたが結局胚盤胞まで行けた卵ちゃんは”0”
地面にめり込みそうなくらい落ち込みました。
心のどこかで体外受精にステップアップしたらすぐに子供ができる、と思っていたんだと思います。
そして再度、採卵からになったのですがまさかの同じ月に予定を組まれるというハードスケジュール。落ち込んでいたのも束の間、これのおかげで落ち込み期間は少な目で済みました。
2回目の採卵ではびっくりの27個!
たくさんとれたのは嬉しかったけど、そのぶん術後のお腹の張りと腹痛が地獄でした。
でも、たくさんとれたことで胚盤胞まで立派に育ってくれた子が4つもできました!
グレードは4AA×2個、4AB×2個。先生からも褒められる成績。
やっと移植までたどり着けそうで安心したのを覚えています。
少し長くなりすぎたので今回はここまで
次は移植1回目からのお話です*